ここでは私の琴線に触れた、古の銘文をいくつか紹介いたします。掲載順序には特に意味はありません。
かの有名な冒頭の言葉を載せました。日本人のものの捉え方がよく現わされている名文だと思います。

【 出師の表 】

三国志時代の智将にして私が尊敬して止まない諸葛孔明が、劉備の遺児、劉禅に書き残した手紙。誠実さがにじみ出ています。古来より、涙なくして読むことができないと言われています。
言わずと知れた徳川幕府初代将軍、徳川家康が残した遺訓。地味ですが、江戸時代の土台を築き上げた人が語ると納得させられます。
いかにも伊達男らしい書き方ですが、さすがに戦国武将らしい奥深い内容です。ちなみに弊社の会議室にもこれが掲げられていました。
我が家の家宝の掛け軸にもこの教育勅語が書かれています。
21世紀の日本人にふさわしい内容だと思います。
空前絶後の大勝利を収めた当時の連合艦隊解散時の辞です。この文は当時、英訳されて海外でも広く知られました。東郷平八郎元帥は私が尊敬する人の一人です。
私が尊敬する一人、伊東元帥が大清帝国北洋水師長官 丁提督に宛てた文書です。二人は気心通じ合う仲でもありました。この文書も涙なしには読めません。
医師が医師免許資格取得の際に宣誓する言葉です。医者の倫理観が問われる中で、お医者さんたちはこの言葉をどう捉えているのでしょうか。
「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」の一文でよく知られる昭和天皇の詔書です。昭和天皇の苦渋に満ちた英断をかみしめれば、今の平和がもっとありがたく感じます。
これも昭和天皇の言葉です。戦争の傷もまだ癒えていない新年にあたり、昭和天皇がどのように御心を砕かれたか、よく表れている文です。
おなじみ「水戸黄門」の主題歌です。明るい歌ですが、よく読むとかなり人生の教訓に満ちています。テンポもよいので口ずさみたくなります。
子供よりも親の心に刻んでおきたい言葉です。20年前、米国留学時にこの言葉を知りました。以後、子をもうけてからは神権に思い返すようになりました。
ブルース・リーが書いたものです。武芸者のみならず、普通の人でもこれらの病癖を取り除くように努力したいものです。
原典は分かりませんでした。私のは高尾山薬王院にあったものを写しました。なかなか素晴らしく、かつリズミカルな教訓だと思いました。
宇宙海賊キャプテンハーロックの映画版小説にて書かれていた言葉です。中学生の時に大いに感銘を受けました。
言わずと知れた世界のベストセラーです。やはり長いこと多くの人から読み継がれてきただけに、書かれている言葉には重みがあります。 新旧共に5つずつ選びました。
忍者が日頃どんなことを考えているか、今の世をどんな風に見ているのか、1行風刺にしました。 new

 

新規開設
亜米利加合衆国 旅行記
20歳の時に留学をした米国は初めて行った外国でした。
留学中、幾つかの州をドライブし感じたことを書き綴ったものです。
この旅行記は1999年頃から友人のHPに掲載されていましたが、
同HP閉鎖に伴い、加筆修正したものです。
旅行記内の情報は現在のものとは異なっている場合がありますのでご了承ください。

 

【 平家物語 】
第壱巻 祇園精舎


祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす

驕れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し

猛き人もついに滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ


【 出師の表 】 

先帝、創業いまだ半ばならざるに、中道にして崩ソす。今、天下三分し、益州疲弊す。これ、誠に危急存亡の秋なり。然れども待衛の臣内に怠らず、忠志の死、外に身を忘るるは、蓋し先帝の殊遇を追いて、これを陛下に報いんと欲すればなり。誠によろしく聖聴を開張し、もって先帝の遺徳を輝かし、志士の気を恢弘にすべし。よろしく妄りにみずからヒ薄して、喩を引き義を失い、もって忠間の路をふせぐべからず。宮中府中、倶に一体となり、ゾウ否を捗罰して、よろしく異同すべからず。もし、汝を作し科を犯し、及び忠然をなす者あらば、よろしく有司に付し、その刑賞を論じて、もって陛下平明の治を昭らかにすべし。よろしく編私して、内外をして法を異にせしむべからず。

侍中・侍郎郭攸之・費偉・董允等、これみな良実にして、志慮忠純なり。ここをもって先帝簡抜してもって陛下に遺せり。愚おもえらく、宮中の事は、事大小となく、ことごとくもってこれに諮し、然る後施行せば、必ずよくケツ漏を碑補し、公益するところあらん。将軍向寵は、性行淑均、軍事に暁暢して、昔日に試用せらる。先帝、これを称して能と曰う。ここをもって衆議寵をあげて督となす。愚おもえらく、営中の事は、事大小となく、ことごとくもってこれに諮せば、必ずよく行陣をして和睦し、優劣ところを得せしめん。

賢臣を親しみ、小人を遠ざくるは、これ、先漢の興隆するゆえんなり。小人を親しみ、賢臣を遠ざくるは、これ後漢の傾タイするゆえんなり。先帝在せし時、毎に臣とこの事を論じ、いまだかつて桓・霊に嘆息痛恨せざるんばあらざりき。侍中・尚書・参軍、これことごとく貞亮死節の臣なり。願わくば陛下これを親しみこれを信ぜば、すなわち漢室の隆、日を計りて待つべし。 

臣はもと布衣、躬ら南陽に耕す。いやしくも性命を乱世に全うして、聞達を諸侯に求めず。先帝、臣が卑ヒなるをもってせず、猥りにみずからオウ屈して、三たび臣を草廬の中に顧みて、臣も諮るに当世の事をもってす。これに由って感激して、遂に先帝に許すに駆馳をもってす。後、傾覆に値い、任を敗軍の際に受け、命を危難の間に奉ず。爾来二十有一年なり。

先帝、臣が謹慎を知れり。故に崩ずるに臨みて臣に寄するに大事をもってせり。命を受けて以来、夙夜憂歎し、付託の効あらずして、もって先帝の明を傷らんことを恐る。故に五月濾を渡り、深く不毛に入る。今、南方すでに定まり、甲兵すでに足る。まさに三軍を奨率して、北、中原を定むべし。庶わくは駑純を竭くし、姦凶を壌除し、漢室を興復して、旧都に帰さんことを。これ臣の先帝に報じて陛下に忠なるゆえんの職分なり。損益を斟酌し、進んで忠言を尽くすに至っては、すなわち攸之、偉、允の任なり。願わくは陛下、臣に託するに討賊興復の効をもってせよ。効あらざれば、すなわち臣の罪を治め、もって先帝の霊に告げよ。もし徳を興すの言なくんば、すなわち、攸之、偉、允等の慢を責めて、もってその咎を彰わせ。陛下もまたよろしくみずから謀りて、もって善道を諮諏し、雅言を察納して、深く先帝の遺詔を追うべし。臣、恩を受けて感激に勝えず。今まさに遠く離るべし。表に臨んで涕零して、言うところを知らず。

諸葛 孔明

【現代語訳】
「先帝は漢王朝再興事業を始められましたが、完成しないうちに、崩御されてしまいました。
今、天下は三分され、我が益州は疲弊しています。
これはまさに益州の危機であり、存亡のかかった重要なときであります。
それにも関わらず、護衛の臣が、宮中で職務を怠らず、
忠義に篤い武人が、戦場で身を顧みないで戦うのは、
おそらく、先帝の厚い待遇を思い返し、これを陛下に対して報いようと思うからでありましょう。
陛下は進言を広く受け入れるようにして先帝の遺徳を明らかにし、
志ある者の志をさらに広げるようにするのが良いでしょう。
また、みだりに徳を薄くするような行動をしたり、都合のいい例を引いたりして、正しい道を外れ、
忠義の心から来る諌言の道を塞ぐのは良くありません。
さらに、宮廷と丞相府は一体となり、役人を評価して昇進または降格させるときに、
意見が食い違わないようにするのが良いでしょう。
もし不正を行なう者や、忠義で善良な行動をとる者があれば、
そのことを役人に委ねて、その刑罰と褒賞を議論させ、
それによって陛下の公正で明白な法律を明らかにするのが良いでしょう。
皇后や卿大夫にひいきして、等しく法を適用しないのは良くありません。

侍中・侍郎の郭攸之・費?・董允らは、みな良実で、考えは忠純です。
このため、先帝はこれらの者を選抜して陛下に残したのであります。
宮中のことは、大小に関わらず、全て彼らに相談し、その後実行するようにすれば、
必ず欠点や手落ちを補って陛下を助け、広く世に利益をもたらすことができるものと、愚考する次第であります。
将軍向寵は、性行善良で分け隔てがなく、軍事に精通しています。
かつて彼を試用してみたとき、先帝は彼を有能であると賞賛されました。
このため、衆議は一決して彼を都督に任じたのです。
陣営の中のことは、全て彼に相談すれば、必ず軍を統率されて争わない状態にし、
優れた者が上に立つ構造を築くことができるものと、愚考する次第であります。

賢臣に親しんで小人を遠ざける、これは前漢が繁栄した理由です。
小人に親しんで賢臣を遠ざける、これは後漢が衰退した理由です。
先帝は、まだ生きておられた頃、私とこの事について議論するごとに、
いまだかつて後漢の桓帝・霊帝に歎息痛恨しなかったことはありません。
侍中・尚書・長史・参軍は、みな善良で意思が堅く、貞節のために死ねる人物です。
どうか陛下は彼らに親しみ、信任してください。
そうすれば、漢室の再興は、日を数えて待てるほどで叶うでしょう。

私はもともとは仕官しておらず、自ら南陽で耕作を行って、ただ乱世に天寿を全うできればよいと思い、
諸侯に名声が轟いて高官に出世することを求めていませんでした。
先帝は私が身分賎しき貧乏人であることを問題とせず、
かたじけなくも自らへりくだって来てくださり、私を草廬の中に三度も訪れて、私に当世のことをお尋ねになりました。
私はこのことで感激し、そのまま先帝に仕えて奔走することを承諾したのです。
のち、国家転覆の危機に直面し、敗軍の際に任務を受け、危難の間に命を捧げました。
あれから二十一年が過ぎようとしています。

先帝は私が行動を控え目にしていることを知っておられました。
そのため、崩御されようとしたとき、私に大事を託されたのです。
しかし、私は命を受けて以来、朝から晩まで憂えてため息を落とし、
付託に対して何の成果を挙げることもできず、先帝の聡明さに傷を付けてしまわないかと恐れていました。
そのため、五月、濾水を渡って不毛の地に入りました。
今、南方は既に定まり、兵力も既に十分備わっています。
ここは大軍を率いて北へ進み、中原を平定すべきです。
私の非才を使い尽くして悪人を打ち払い、漢室を復興して旧都洛陽に戻れたらよいと思います。
このことこそ、私が先帝のご恩に報いて、陛下に真心を尽くす務めです。
政策を考え、真心を尽くした進言を行なうのは、郭攸之・費?・董允らの務めです。
どうか陛下は私に賊を討ち漢室を復興する任務をお任せください。
成果が上がらなければ、私の罪を処罰して先帝の霊にお告げください。
もし徳を高めるような進言がなかったら、郭攸之・費?・董允らの怠慢を追及し、
その過失を公表してください。
陛下もまた自らお考えになって、正しい道について臣下と相談し、
的確で合理的と思われる進言をお入れになって、深く先帝の遺言を思い返しますのがよいでしょう。
私はご恩を受け、感激に耐えません。
今こそ遠征を行なうべきです。
この表に向かっていると涙がこぼれてしまい、何を申し上げるつもりだったのか忘れてしまいました。」

訳文を利用したサイト http://members.jcom.home.ne.jp/diereichsflotte/

 

【 徳川家康公遺訓 】
人の一生は重荷を負ゐて遠き道を行くが如し 急ぐべからず 不自由を常と思へば不足なし
心に望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし
堪忍は無事長久の基 怒りは敵と思へ
勝事ばかり知りて負くる事を知らざれば 害其身に至る
己を責めて人を責むるな 及ばざるは過ぎたるより勝れり

人はただ身のほどを知れ草の葉の 露も重きは落つるものかな。

 

【 伊達政宗公遺訓 】
仁に過ぐるは弱くなる
義に過ぐるは固くなる
礼に過ぐるは諂いになる
智に過ぐるは嘘をつく
信に過ぐるは損をする

気長く心穏やかにして万に倹約を用ゐて金を備へるべし
倹約の仕方は不自由を忍ぶにありてこの世の客に来たと思へば何の苦もなし
朝夕の食事うまからずとも褒めて食うべし元来客の身なれば好嫌は申されまじ
今日の行き送りを子孫兄弟によく挨拶して御娑婆の暇を申すがよし

 

【 教育勅語 】
勅 語
朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス

爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ知能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン

斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日

  御 名 御 璽

現代訳

 私(明治天皇)は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や,秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

 このような国民の歩むべき道は、(皇室の)祖先の教訓として、私達子孫国民の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

 

【 連合艦隊解散ノ辞 】
二十閲月(えつげつ)の征戦已(すで)に往事と過ぎ、我が連合艦隊は今や其の隊を結了して茲(こゝ)に解散する事となれり。然れども我等海軍々人の責務は決して之が為(ため)に軽減せるものにあらず。

此の戦役の収果を永遠に全くし、尚(なほ)益々国運の隆昌(りゅうしょう)を扶持せんには、時の平戦を問はず、先ず外衛に立つべき海軍が常に其の武力を海洋に保全し、一朝緩急に応ずるの覚悟あるを要す。

而して武力なる物は艦船兵器等のみにあらずして、之を活用する無形の実力にあり、百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば、我等軍人は主として武力を形而上に求めるべからず。

近く我が海軍の勝利を得たる所以も、至尊の霊徳に頼る所多しと雖(いへど)も、抑(そもそも)亦(また)平素の錬磨其の因を成し、果を戦役に結びたるものにして、若し既往を以つて将来を推(お)すときは、征戦息(や)むと雖も安んじて休憩す可(べか)らざるものあるを覚ゆ。

惟(おも)ふに武人の一生は連綿不断の戦争にして、時の平戦に由(よ)り其の責務に軽重あるの理なし。事有れば武力を発揮し、事無ければ之を修養し、終始一貫其の本分を盡(つく)さんのみ。過去の一年有半彼(いうはんか)の風濤(ふうたふ)と戦ひ、寒暑に抗し、屡々(しばしば)頑敵(ぐわんてき)と對(たい)して生死の間に出入せしこと固(もと)より容易の業ならざりしも、観ずれば是れ亦長期の一大演習にして之に参加し幾多啓発するを得たる武人の幸福比するに物無し。豈(あに)之を征戦の労苦とするに足らんや。

苟(いやしく)も武人にして治平に偸安(とうあん)せんか兵備の外観毅然たるも宛(あだか)も沙上(しやじやう)の楼閣の如く、暴風一過忽ち崩倒するに至らん。洵(まこと)に戒むべきなり。

昔者、~功皇后三韓を征服し給ひし以来、韓国は四百余年間、我が統理の下にありしも、一たび海軍の廃頻するや忽ち之を失い、叉近世に入り、徳川幕府治平に狃(な)れて、兵備を懈(おこた)れば、挙国米艦数隻の應對(おうたい)に苦しみ、露艦亦千島樺太を覬覦(きゆ)するも、之と抗争すること能はざるに至れり。翻つて之を西史に見るに、十九世紀の初めに當(あた)り、ナイル及びトラファルガー等に勝ちたる英国海軍は、祖国を泰山の安きに置きたるのみならず爾来(じらい)後進相襲(あひおそつ)て能く其の武力を保有し世運の進歩に後れざりしかは、今に至る迄永く其の国利を擁護し国権を伸張するを得たり。

蓋(けだ)し此(かく)の如き古今東西の殷鑑(いんかん)は爲政(いせい)の然(しか)らしむるものありと雖(いへど)も主として武人が治に居て亂(らん)を忘れざると否とに基ける自然の結果たらざるは無し。

我等戦後の軍人は、深く此等の實例(じつれい)に鑑(かんが)み、既有(きいう)の錬磨に加ふるに戦役の實験(じつけん)を以つてし、更に将来の進歩を圖(はか)りて時勢の発展に後れざるを期せざる可(べか)らず。若(も)し夫(そ)れ常に、聖諭を奉體(ほうたい)して、孜々(しゝ)奮勵(ふんれい)し實力(じつりょく)の満を持して放つべき時節を待たば、庶幾(こいねがは)くば以て永遠に護国の大任を全うする事を得ん。~明は唯平素の鍛錬に力(つと)め戦はずして既に勝てる者に勝利の榮冠を授くると同時に、一勝に満足し治平に安んずる者より直に之を褫(うば)ふ。

古人曰く勝って兜の緒を締めよと。

明治三十八年十二月二十一日

連合艦隊司令長官 東郷平八郎

連合艦隊司令長官 東郷平八郎    連合艦隊旗艦 戦艦三笠 

 

現代訳

連合艦隊解散の訓示 二十ヶ月にわたった戦いも、すでに過去のこととなり、我が連合艦隊は今その任務を果たしてここに解散することになった。しかし艦隊は解散しても、そのために我が海軍軍人の務めや責任が軽減するということは決してない。

この戦争で収めた成果を永遠に生かし、さらに一層国運をさかんにするには平時戦時の別なく、まずもって、外の守りに対し重要な役目を持つ海軍が、常に万全の海上戦力を保持し、ひとたび事あるときは、ただちに、その危急に対応できる構えが必要である。

ところで、戦力というものは、ただ艦船兵器等有形のものや数だけで定まるものではなく、これを活用する能力すなわち無形の実力にも左右される。百発百中の砲一門は百発一中、いうなれば百発打っても一発しか当たらないような砲の百門と対抗することができるのであって、この理に気づくなら、われわれ軍人は無形の実力の充実すなわち訓練に主点を置かなければならない。

この度、我が海軍が勝利を得たのは、もちろん天皇陛下の霊徳によるとはいえ、一面また将兵の平素の練磨によるものであって、それがあのような戦果をもたらしたのである。もし過去の事例をもって、将来を推測するならば、たとえ戦いは終わったとはいえ、安閑としてはおれないような気がする。

考えるに、武人の一生は戦いの連続であって、その責任は平時であれ戦時であれ、その時々によって軽くなったり、重くなったりするものではない。ことが起これば戦力を発揮するし、事がないときは戦力の涵養につとめ、ひたすらにその本分を尽くすことにある。過去一年半、あの風波と戦い、寒暑に耐え、たびたび強敵と相対して生死の間をさまよったことなどは、容易な業ではなかったけれども、考えてみると、これもまた長期の一大演習であって、これに参加し多くの知識を啓発することができたのは、武人としてこの上もない幸せであったというべきであり、どうして戦争で苦労したなどといえようか。

もし武人が太平に安心して目の前の安楽を追うならば、兵備の外見がいかにりっぱであっても、それはあたかも砂上の楼閣のようなものでしかなく、ひとたび暴風にあえばたちまち崩壊してしまうであろう。まことに心すべきである。

むかし神功皇后が三韓を征服されて後、韓国は四百余年間我が国の支配下にあったけれども、ひとたび海軍が衰えるとたちまちこれを失い、また近世に至っては、徳川幕府が太平になり、兵備をおこたると、数隻の米艦の扱いにも国中が苦しみ、またロシアの軍艦が千島樺太をねらってもこれに立ち向かうことができなかった。目を転じて西洋史をみると、十九世紀の初期、ナイル及びトラファルガー等に勝った英国海軍は、祖国をゆるぎない安泰なものとしたばかりでなく、それ以降、後進が相次いでよくその武力を維持し世運の進歩におくれなかったから、今日に至るまで永く国益を守り、国威を伸張することができたのである。

考えるに、このような古今東西のいましめは、政治のあり方にもよるけれども、そもそもは武人が平和なときにあっても、戦いを忘れないで備えを固くしているかどうかにかかり、それが自然にこのような結果を生んだのである。

われ等戦後の軍人は深くこれらの実例を省察し、これまでの練磨のうえに戦時の体験を加え、さらに将来の進歩を図って時勢の発展におくれないように努めなければならない。そして常に聖論を奉体して、ひたすら奮励し、万全の実力を充実して、時節の到来を待つならば、おそらく永遠に護国の大任を全うすることができるであろう。神は平素ひたすら鍛練に努め、戦う前に既に戦勝を約束された者に勝利の栄冠を授けると同時に、一勝に満足し太平に安閑としている者からは、ただちにその栄冠を取り上げてしまうであろう。

昔のことわざにも教えている「勝って、兜の緒を締めよ」と。


【 北洋水師宛勧降文書 】
謹んで一書を丁提督閣下に呈す。事局の変遷は不幸にも僕等と閣下とをして相敵たらしむるに至れり。
しかれども、今世の戦争は国と国との戦いなり。一人と一人との反目にあらず。

すなわち僕等と閣下との友情は依然として昔日の温を保てり。閣下、幸いにこの書をもって単に帰降を促すものとなさず、僕等が苦衷の存するところさらに一層深遠なるところにあること信認せられんことを希望す。

けだしその国および、その身のためにはかり、一挙両全の長計あるも、局に当たる者は迷い、往々これを目捷に失するがゆえに、傍観者たる僕等において、敢て黙々に付するに忍びず。これ、ここに閣下に勧告して熟考を請わんと欲するゆえんなり。

貴国海陸両軍の爾来連戦連敗するや、その近因、もとより一にして足らざるべきも、その真正の原因は自ら他に在るあり。虚心平気をもって観察する者の観るを難しとせざるところ、閣下の英明にして、それ貴国の今日あるに至れるは、もと君臣一、二人の罪にあらず、その従来墨守せる制度の弊、実にこれを致せるなり。

人を採るに必ず文芸をもってして、政権を握る者一に文芸の士なること、今日なお千年の昔のごとし。 この制度の当時における、必ずしも善美ならざるにあらず。貴国にして果たして世界に孤立独往するを得ば、永くその善美を失わざるべきも、いかんせん、一国の孤立独往は宇内今日の形勢において、また望むべからざるの事たるを。

三十年前ヽわが日本帝国がいかに辛酸なる境遇を閲し、いかに危殆なる厄難を逃れ得たかは、閣下のすでに熟知せらるるところなり。当時、 帝国は実に旧制を棄て新制につくをもって、わが存立を完くする唯一の要件としたり 。すなはち今日は、貴国もまた、これをもって要件とせざるべからず。貴国いやしくも、これに従えば、すなわち可なり。もし、しからざるときはヽ早晩滅亡を免れざるべし。これ現勢必至の数なり。その厄難は、はしなく今回の戦争により発現したりといえども、その否極の運命のごときは、前定すでに久しというべし。


すでに、この否極の運に際す。臣子のいやしくも邦家のために忠誠を致さんとするもの、いたずらに、とうとうたる頽波に従い、その一身を委して、しかして已むべけんや。炳焉たる広史と広大なる疆域とを有する世界の最旧帝国を革新して、その基礎を永遠に鞏固ならしめんとする。談なんぞ容易なら。いやしくも勢の不可なる、時の不利なるを見んか。一艦隊を敵に与え、全軍をもって降るが如き、これを邦家の興廃にくらぶれば、まことに些々たる小節にして、拘るに足らざるのみ。

これにおいて僕等は世界と轟鳴する日本武士の名誉心に誓い、閣下に向かって、しばらくわが国に遊び、もって他日、貴国中興の運、真に閣下の勤労を要するの時節到来するを待たれんことを願うに切なり。 閣下それ友人誠実の一言を聴納せよ。


貴国、往昔の歴史において、小節を棄て小恥を忍び、ついに大功を成したるの例少なからざるは、もとより言をまたず。

かの仏国の大将マクマホンの如きは、ひとたび降って敵国にあり、時期を待ちて帰り本国政府の改革を助け、しかしてフランス、かえってこれに恥辱を加えざるのみならず、したがってこれを大統領に推選せるにあらずや。また、かの土国のオスマンパシャの如lくプレウナの一敗、城陥り、身捕わるるも、一朝、国に帰るや陸軍大臣の要地に立ち、軍制改革の偉功を奏するを妨げざりしにあらずや。

閣下にして、果たしてわが国にきたらば、その待遇の如きは僕等誓ってわが天皇陛下の大度を担保すべし。陛下は、かつてその臣民の叛旗を掲げたる者を赦免し給えるのみならず、榎本海軍中将の如き、大鳥枢密顧問官の如き、各々その材能に応じ、挙げて顕要の地に登らさる。この類はなはだ多し。


これ壹要するに、今日閣下の決断せらるべき最大条件は、貴国の頑然として株守する旧制の弊を受け、みすみす大厄に陥るに任せ、これと運命をともにすべきか、また余力を蓄えて他日の計をなすべきかの二途にあり 。

閣下、請う、慎思熟慮してこれを選べ。従来、貴国武弁の敵将の書院を接する、おおむね大言壮語をもってこれに酬い、みだりにその強をてらい、もしくはその弱をおおわんとす。しかれども閣下の賢明なる必ずその所為にならわざる、僕等が信ずるところなり。いま僕等がこの書を致すや、実に友誼の至誠より発し、決して草々にせず。閣下請うこれを諒せよ。

閣下幸いにこの書中に披瀝する鄙衷を採酌せんか。これを実行するの方法の如きは、閣下の允許を得てさらに具陳するところあるべし。


明治二十八年一月二十日
  伯爵 大山 巌  頓首
      伊東 祐亨 頓首

 大日本帝国 連合艦隊司令長官 伊東 祐亨  大清帝国 北洋水師司令長官 丁汝昌

 

【 ヒポクラテスの誓い 】
医神アポロン、アスクレピオス、ヒギエイア、パナケイアおよびすべての男神と女神に誓う、私の能力と判断にしたがってこの誓いと約束を守ることを。この術を私に教えた人をわが親のごとく敬い、わが財を分かって、その必要あるとき助ける。その子孫を私自身の兄弟のごとくみて、彼らが学ぶことを欲すれば報酬なしにこの術を教える。そして書きものや講義その他あらゆる方法で私の持つ医術の知識をわが息子、わが師の息子、また医の規則にもとずき約束と誓いで結ばれている弟子どもに分かち与え、それ以外の誰にも与えない。

私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。

頼まれても死に導くような薬を与えない。それを覚らせることもしない。同様に婦人を流産に導く道具を与えない。

純粋と神聖をもってわが生涯を貫き、わが術を行う。結石を切りだすことは神かけてしない。それを業とするものに委せる。

いかなる患家を訪れるときもそれはただ病者を利益するためであり、あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける。女と男、自由人と奴隷のちがいを考慮しない。

医に関すると否とにかかわらず他人の生活について秘密を守る。

この誓いを守りつづける限り、私は、いつも医術の実施を楽しみつつ生きてすべての人から尊敬されるであろう。もしこの誓いを破るならばその反対の運命をたまわりたい。


医学の父 ヒポクラテス

【 終戦之詔書 】
朕(ちん)深く世界の大勢と帝國の現状とに鑑(かんが)み、非常の措置を以て時局を収拾せむと欲し、茲(ここ)に忠良なる爾(なんじ)臣民に告ぐ。

朕は帝國政府をして、米英支蘇四國に對し、其(そ)の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり。

抑々(そもそも)、帝國國民の康(こう)寧(ねい)を圖(はか)り萬邦共栄の樂(たのしみ)を偕(とも)にするは、皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)の遺範(いはん)にして、朕の拳々(けんけん)措(お)かざる所、曩(さき)に米英二國に宣戦せる所以(ゆえん)も、亦(また)實に帝國の自存と東亞の安定とを庶幾(しょき)するに出て、他國の主權を排し領土を侵すが如きは、固(もと)より朕が志にあらず。然るに、交戰巳(すで)に四歳を閲(けみ)し、朕が陸海将兵の勇戰、朕が百僚(ひゃくりょう)有司(ゆうし)の勵精、朕が一億衆庶(しゅうしょ)の奉公、各々最善を盡せるに拘(かかわ)らず、戰局必ずしも好轉せず、世界の大勢亦我に利あらず。しかのみならず、敵は新(あらた)に残虐なる爆弾を使用して、頻(しきり)に無辜(むこ)を殺傷し、惨害の及ぶ所眞(しん)に測るべからざるに至る。而(しか)も、尚交戰を継續せむか、終(つい)に我が民族の滅亡を招來するのみならず、延(のべ)て人類の文明をも破却すべし。斯(かく)の如くむば、朕何を以てか億兆の赤子(せきし)を保し、皇祖皇宗の神靈に謝せむや。是(こ)れ、朕が帝國政府をして共同宣言に應ぜしむるに至れる所以(ゆえん)なり。

朕は、帝國と共に、終始東亞の解放に協力せる諸盟邦に對し、遺憾の意を表せざるを得ず。帝國臣民にして戰陣に死し、職域に殉じ、非命に 斃(たお)れたる者、及(および)、其の遺族に想(おもい)を致せば、五内(ごない)為に裂く。且(かつ)、戰傷を負ひ、災禍を蒙(こうむ)り、家業を失ひたる者の厚生に至りては、朕の深く軫念(しんねん)する所なり。惟(おも)ふに、今後帝國の受くべき苦難は、固(もと)より尋常にあらず。爾臣民の衷情(ちゅうじょう)も、朕善く之を知る。然れども、朕は時運の趨(おもむ)く所、堪(た)え難きを堪え、忍び難きを忍び、以て萬世の為に太平を開かんと欲す。 

朕は、茲に國體を護持し得て、忠良なる爾臣民の赤誠(せきせい)に信倚(しんい)し、常に爾臣民と共に在り。若し夫(そ)れ、情の激する所、濫(みだり)に事端を滋(しげ)くし、或は、同胞排擠(はいせい)互に時局を亂(みだ)り、為に大道を誤り、信義を世界に失うが如きは、朕最も之を戒む。宜しく擧國一家子孫相傳え、確(かた)く神州の不滅を信じ、任重くして道遠きを念(おも)ひ、總力を將來の建設に傾け、道義を篤くし、志操を鞏(かた)くし、誓って國體の精華を發揚し、世界の進運に後(おく)れざらむことを期すべし。爾臣民其れ克(よ)く朕が意を體せよ。

  御 名 御 璽

昭和二十年八月十四日

【現代訳】

私(昭和天皇)は、深く世界情勢と日本国の現状とを考慮して、非常の措置によって事態を収拾しようと考えて、ここに、忠良なあなた方日本国民に訴える。

私は、日本国政府に、アメリカ、イギリス、中国、ソ連に対し、その共同宣言(ポツダム宣言)を受諾する旨を通告させた。

 日本国民の平和と安寧をはかり、世界との共栄を喜びとすることは、代々の天皇の遺範であって、私も常々心にとどめてきたことである。先に、アメリカとイギリスの2か国に対して宣戦したのは、ただ日本国の存続とアジアの安定とを願ったためであり、ポツダム宣言に書かれているような他国の主権を排除して領土を侵すというようなことは、もとより私の考えていたことではない。しかしながら、戦争がすでに4年を経過した今、わが国の陸海軍の将兵の勇戦、多数の官吏のの励精、一億国民の奉公、いずれもが最善をつくしたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、世界情勢は我々にとって有利ではなく、さらに敵は新たに残虐な爆弾を使用して、何の罪もない市民を頻繁に殺傷し、惨害がおよんだところはまことに測リ知れないほどになった。これ以上戦争を継続しようとすれば、ついには、我が民族の滅亡を招くのみならず、ひいては人類の文明までも破壊されるだろう。そのようになったら、億兆もの赤子とも言うべき日本国民の命をあずかっている私は、どのようにして代々の天皇に謝罪すればよいだろうか。これが、わたし日本国政府に対し共同宣言に応じるようにさせた理由である。

 私は、日本国とともに、終始アジアの帝国列強からの解放に協力してきた諸国に対し、遺憾の意を表さざるを得ない。日本国国民で戦場で戦死しした軍人、職場で殉職しした官吏、戦火にたおれた市民やその遺族に想いをめぐらすと、わが身が引き裂かれるほどであり、また、戦傷を負い、災禍をこうむり、職を失った人々の再起については、私が深く心配している所である。思えば、今後、日本国が受けるであろう苦難は、非常に大変なものである。あなた方国民の降伏に対する無念も、私はよく理解している。しかし、私は、事態の趨勢に従い、堪えがたいことを堪え、忍びがたいことを忍んで、将来のために平和への道を選んだのである。

 私はここに、国体を護持することができて、忠良なあなた方国民の忠誠を信頼し、常にあなた方国民とともにある。もし激情のおもむくままに無用の混乱を引き起こしたり、あるいは同胞に対して分裂して争うなどして時局を乱し、そのために大道を誤り、信用を世界に失うようなことは、私が最も強く戒めることであり、国民皆が子孫にいたるまでも神州(日本)の不滅を固く信じ、個々に課せられた責任の重さと今後の長い道のりを自覚し、総力を将来の建設に傾け、道義を重んじ志操をかたくし、必ず国体の精華を発揚し、世界の発展におくれることのないよう努めるべきである。あなた方国民は以上のような私の意思を理解し従ってほしい。

 

【 昭和21年年頭の詔書 】
ここに新年を迎う。かえりみれば明治天皇、明治のはじめに、国是として五箇条の御誓文を下し給えり。

いわく、

一、 広く会議を興し、万機公論に決すべし。

二、 上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし。

三、 官武一途庶民に至るまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。

四、 旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。

五、 知識を世界に求め、おおいに皇基を振起すべし。

 叡旨公明正大、また何をか加えん。朕は個々に警い新たにして、国運を開かんと欲す。ずべからくこの御趣旨にのっとり、旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民挙げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民生の向上をはかり、新日本を建設すべし。

 大小都市のこうむりたる戦禍、罹災者の艱苦、産業の停頓、食糧の不足、失業者増加の趨勢等は、まことに心をいたましむるものあり。しかりといえども、わが国民が現在の試練に直面し、かつ徹頭徹尾文明を平和に求むるの決意固く、よくその結束をまっとうせば、ひとりわが国のみならず、全人類のために輝かしき前途の展開せらるることを疑わず。それ、家を愛する心と国を愛する心とは、わが国において特に熱烈なるを見る。いまや実に、この心を拡充し、人類愛の完成に向かい、献身的努力をいたすべきの時なり。

 思うに長きにわたれる戦争の敗北に終わりたる結果、わが国民ばややもすれば焦燥に流れ、失意の淵に沈綸(ちんりん)せんとするの傾きあり。詭激(きげき)の風ようやく長じて、道義の念すこぶる衰え、ために思想混乱あるは、まことに深憂にたえず。

 しかれども、朕は汝ら国民とともにあり。常に利害を同じうし、休戚を分かたんと欲す。朕と汝ら国民との紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。

 朕の政府は、国民の試練と苦難とを緩和せんがため、あらゆる施策と経営とに万全の方途を講ずべし。同時に朕は、わが国民が時難に決起し、当面の困苦克服のために、また産業および文運振典のために、勇往せんことを祈念す。わが国民がその公民生活において団結し、あいより助け、寛容あい許すの気風を作典興するにおいては、よくわが至高の伝統に恥じざる真価を発揮するに至らん。かくのごときは、実にわが国民が人類の福祉と向上とのため、絶大なる貢献をなすゆえんなるを疑わざるなり。一年の計は年頭にあり。朕は朕の信頼する国民が、朕とその心を一にして、みずから誓い、みずから励まし、もつてこの大業を成就せんことをこいねがう。

御名 御璽

昭和21年1月1日

 

【 ああ人生に涙あり 】
人生楽ありゃ 苦もあるさ
涙のあとには 虹も出る
歩いてゆくんだ しっかりと
自分の道を ふみしめて

人生勇気が 必要だ
くじけりゃ誰かが 先に行く
あとから来たのに 追い越され
泣くのがいやなら さあ歩け

人生涙と 笑顔あり
そんなに悪くは ないもんだ
なんにもしないで 生きるより
何かを求めて 生きようよ

 

【 インディアンの祈り 】

批判の中で育った子供は非難を知る
敵意の中で育った子供は闘争を知る
嘲笑の中で育った子供は用心を知る
恥辱の中で育った子供は罪悪を知る
寛容の中で育った子供は忍耐を知る
奨励の中で育った子供は自信を知る
賞賛の中で育った子供は感謝を知る
公正の中で育った子供は正義を知る
安全の中で育った子供は信仰を知る
協賛の中で育った子供は自尊を知る
受理と友情の中で育った子供は世の中に愛を見つけることを知る。

 

【 六つの病癖 】

1.勝利を求める欲望。
2.技術的熟練に頼る欲望。
3.学んできた全てのものを誇示する欲望。
4.敵を威圧する欲望。
5.消極的になろうとする欲望。
6.人が冒されたどんな病癖をも除こうとする欲望。

 

【 つもり違い十カ条 】

一、高いつもりで 低いのは 教養
二、低いつもりで 高いのは 気位
三、深いつもりで 浅いのは 知識
四、浅いつもりで 深いのは 欲の皮
五、厚いつもりで 薄いのは 人情
六、薄いつもりで 厚いのは 面の皮
七、強いつもりで 弱いのは 根性
八、弱いつもりで 強いのは 我
九、多いつもりで 少ないのは 分別
十、少ないつもりで 多いのは 無駄

(高尾山薬王院より書写)

 

【 我が青春のアルカディア 】

飛べアルカディア! 己の信ずるものの為に戦え!
夢は、人がそれを見捨てない限り消えることはない。


戦いには、どんな犠牲を払っても負けられない戦いがある。
人間の尊厳と夢を踏み躙ろうとする者に対しては、死を賭して戦わなくてはならない。


人間はもとより神ではない。 スーパーヒーローなど、どこを探してもいはしないのだ。
人間は過ちを犯す。 傷を負う。 そこで挫けず、怯まず、また歩きはじめる者だけがヒーローなのだ。
数多くの過ち傷を経て、人間が人間になっていった時、 そこに空絵事ではない本当のヒーローが生まれる。


英雄の勝利とは、いつも苦しい勝利だ。 敗北とは、惨々たる敗北だ。
だが、生まれつき英雄である人間はいない。


人間にとって唯一、最大の問題とは自由の問題だ。
だが、人間が真に自由であろうとすれば、多くの苦難、試練を経なければならない。
自由であることを放棄すれば、実に安楽に生きられる。

 

【 聖 書 】
<旧約聖書から>

武具を帯びる者は、それを脱ぐ者のように誇ってはならない。
列王紀上 20-11

愚者は、すぐに怒りを表す、しかし賢者は、辱めをも気にしない。
箴言 12-16

剣を以って刺すように、みだりに言葉を出す者がある、
しかし知恵ある人の舌は人を癒す。
箴言12-18

怒り易い者は愚かな事を行い、賢い者は忍耐強い。
箴言14-17

私は限りなき愛を以ってあなたを愛している。
それ故、私は絶えずあなたに真実を尽くしてきた。
エレミヤ書31-3

 

<新約聖書から>

自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。
罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。
ルカの福音書6-32 33

あなたは多くのことに心を配って思い患っている。
しかし、無くてはならぬものは多くはない。
ルカの福音書10-41 42

風は思いのままに吹く。
あなたはその音を聞くが、それがどこから来て、どこへ行くかは知らない。
ヨハネの福音書3-8

私たちは、何一つ持たずにこの世に来た。
また、何一つ持たずにこの世を去ってゆく。
テモテへの第1の手紙 6-7

私たちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実をもって愛し合おうではないか。
ヨハネ第1の手紙 3-18